30 years + coffee

息子の登校拒否と母子分離不安

我が家の長男スーさんは、現在小学校の2年生です。そして、自宅学習をメインにしていて学校には他の小学生のように通えていません。そういうのも、これからはここに書き残していこうかなーと思っています^^同じ状況の親子さんたちの心が少しでも軽くなればいいなという想いからです♪

 

スーさんは、幼稚園の時は元気に幼稚園に通っていました。小学校に入るのも楽しみにしていたので、小学校生活も当たり前のように問題なく過ごせると思っていたし、同時に下の娘のピーちゃんも幼稚園入園だったので、私はやっと自分のひとり時間ができるぞー!思いっきり働けるぞー!とワクワクしていました。

が、小学校の入学式が終わって、教室から出てきた息子の顔がひきつっていて、「帰る。」「もう帰る」ばかり言うんです。これからチューリップのさいた花壇の前で写真を撮りまくるぜ!というときにだったのですが、息子はカメラの方も見れないくらいに俯いていたので、仕方なくそのまま帰宅しました。

そして、そこから息子の「学校に行きたくない」が始まりました。理由を聞いても「わからないけど行きたくない」って言うんです。初めての登校日は玄関で大泣きして拒否したのですが、玄関まで迎えにきてくれた登校班の子供達に泣いているのをみられるのが嫌なのか頑張って涙を拭いて歩いて行きました。

その日のお昼には担任の先生から電話をいただいて「お弁当を食べたら喉が痒いといっているんですが、アレルギーの薬を飲ませてもいいですか?」とのことでした。息子は食物アレルギーがあり、除去しなければいけない品目が多いせいで給食は提供できないとのことで、幼稚園の時から弁当を持たせています。なので、私が作ったお弁当を食べているのに喉が痒くなるはずもなく疑問が残ったのですが、とりあえずその場ではお薬を飲ませてもらいました。(仮に誤食がなかったとしても、体には負担がかからない薬だったので念の為飲ませてもらいました)でもこれは今思えば、「学校から早く出たい。家に帰りたい」の気持ちがアレルギーと同じ症状として現れたんだろうと思います。それが、続けて3回起ったからです。

その後も色んなことがありました。学校から逃亡したり、おばあちゃんちに家出をしにいったり(笑)柱につかまったまま離れなかったり、これはほんの一部に過ぎませんが、夫は仕事でいないので、対応するのはほとんど全てが自分で、本当に辛かったのを覚えています。入学から一週間ほどで、担任から「お母さんも一緒に登校してください」と言われ、幼稚園にお願いして早めに娘を預け、毎日息子と登校しました。そして、息子は私からひと時も離れられなくなり、母子分離不安になりました。家にいても私がトイレに行くのでさえ不安になり、トイレのドアの前でおしゃべりしながら待っていました。学校生活の方は、私は授業中は子供が約40人もいるギュウギュウの教室の一番後ろに、子供用の椅子を借りて身を小さくして座って過ごしました。幼稚園の行事の関係で、休みの娘を膝に乗せたまま退屈で仕方ない娘をなだめたり絵本を読んで参加した日もありました。私の身体も心ももう疲れてくたくたになっていて、ぎっくり腰になったり、背中の痛みで布団の上で寝返りもできなくなって数日学校を休んだ日もありました。それでも親子で毎日頑張っていた時、二学期が始まってすぐに娘が体調不良で入院。排便や排尿のたびに大量の出血がありすぐに国立病院に入院になりました。息子は私から離れられないので娘には付き添えず、夫に仕事を休んでもらって娘に付き添ってもらいました。娘は検査のために一晩かけて大量の下剤水を飲まされ、全身麻酔をかけて大腸検査をしました。カメラでも、血液検査でも結果はわからなかったのですが、ビタミンKの数値が少し低いと言われ点滴をすることで出血が止まりました。この時、お医者さんに言われたのは、「発展途上の子供たちは、食事の関係でビタミンKが不足することはあるんだけど、今のこの日本ではビタミンKの不足は遺伝子疾患以外ほぼ考えられない」とのことでした。娘はよく食べる子だし、幼稚園の給食も毎日お代わりしていると先生が笑いながら報告してくれていたほどだし、うちの家系にはそういった遺伝子疾患を持っている人がいないので、娘の場合、原因が全くわからないとの結果になりました。

この時点で私には確信があったんですが、4月から数ヶ月、我が家は何においても息子中心の生活だったんです。娘は口には出さないものの、本人さえもはっきりと気づいてなかったんだと思うんですが、おそらくすごく寂しかったんだと思います。お母さんもお父さんもお兄ちゃんのことばかりで、自分はお兄ちゃんに全て合わせて動かされるし、我慢させられる。そういう寂しさやストレスが、娘の体を通して私たち親に教えてくれたんだろうなと思いました。娘のことも気にかけていたつもりだったんですが、全くカバーできていなかったんですね。

それがきっかけで、私自身も自分がもう限界に来ていたのもわかったし、娘だけでなく息子ももう限界をとうに超えてしまっていることに気づき、学校に行くのをやめる選択を選びました。

長くなったので、この記事はこの辺で!

この一年間の振り返り、もう少しお付き合いいただけると嬉しいです^^